開高 健

高校生の頃に読んだ、「裸の王様」「ベトナム戦記」「花終わる闇」。
好きな作家だった。本当の小説家だと思った。

「オーパ、オーパ!!」 「もっと遠く」 「もっと広く」
会社員の日々、束の間、自由な水面に浮かび出ては深呼吸をするように貪り読んだ。
世界を股にかけたその放浪に、豪放の影の切なさを感じた。

もう長い間、再読することも無くなっていた開高健の作品だけれど
晩年の「耳の物語」をふと読み始め、ああ、これは自伝だったのかと
今まで手にしなかったことを悔やんだ。
読み進めるにつれ、朧に記憶されているエピソードのあれこれがパズルに嵌り込み、
かつて作品に動かされた自分の心と作家の一生が、渾然となって俯瞰された。

茅ヶ崎に、残された自宅が記念館として公開されているという。
痛む腰を騙しつつ、ハンディ自転車を杖代わりに持参して東海道線に乗った。

主を喪い、家族も喪った住居で、
かつて慈しまれたモノたちが、静かに時を過ごしていた。

【home】 01/12 【next】 : 【list】